分業の罠

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photo credit: duncan via photopin cc

私たちの社会は分業することにより成り立っています。
食べ物は農業をやっている人からスーパーなどを介して買い、病気になったら医者に見てもらって薬を処方してもらい、電気やガスなどのエネルギーは企業にお金を払って供給してもらっています。
このようにお金さえ払えば何でも手に入る社会は便利な反面、その分業の罠にはまっているケースが最近多くなってきています。

例えば、いまや多くの企業はITなしでは経営できない状況ですが、日本企業のほとんどの会社はITシステムの構築を外部の企業にアウトソースしています。
しかし、ITシステムは業務のやり方によって各社違うためそれをアウトソースする企業に作ってほしいシステムの内容を伝えるコストがかなりかかります。(そして、大抵はうまく伝わっていません。)
アメリカ企業のようにシステムに合わせて業務をドラスティックに変えれればいいのですが、解雇することさえ難しい日本企業ではシステムを現状に合わせるという無理をしなければいけなくなります。
それなのに、何も自社のことをわからない外部企業にシステム構築をアウトソースするなどうまくいくわけがありません。
アメリカ人は合理的なのでそれを理解していて、あるアメリカ企業の社内システムを担当している役員が日本企業のこの現状を見て驚いたそうで、もし、システムに何かあったらどうするのかと言ったそうです。
企業のシステムはだいたい5年以上はまちがいなく使うでしょうし、作って終わりではなく不具合対応や変更も必ず行うことになります。
その間、メンテナンスをどうやっていくか日本企業がちゃんと考えているとは思えません。

また、医療に関してもそんな分業の罠にはまっているケースです。
私は数年前、原因不明の腹痛で病院に行きました。
腸のあたりが痛いということで大腸の内視鏡検査を受けましたが、下剤を飲んでお腹にあるものを全部出さなければいけないので結構つらい検査です。
しかし、検査でも異常はなく全く原因がわかりませんでした。
そのとき、医者って何もわからないんだなと思いました。
そして、ふと最近の自分の行動を思い返してみて、あることに思い当たりました。
ちょうど半年くらい前にアルカリイオン水の浄水器を買って、その水を飲んでいました。
どうも自分は過敏症だったらしく、その水を飲むのをやめるとお腹の痛みがなくなりました。
そのことを医師にいうと「そういうこともあるんだねー。」と言われました。
そのとき、自分の体は自分で守るべきだと思いました。
自分の体を一番知っているのは自分です。
そして、いまや医療知識も昔に比べると格段に手に入りやすくなりました。
一番大事な命は人にアウトソースするのではなく、自分で守っていくべきだと思います。
そして、もうすぐ、自分の遺伝子さえ自分で検査できるようになるので、医者まかせにするのではなく自分の体にあった治療を自分で選択できるようになるでしょう。

私が子供の頃トラックのドライバーをやっているおっちゃんと仲がよかったのですが、彼の変わったところは車の修理をほとんど自分でやっていたことでした。
エンジンだけはさすがに頼んだらしいですが、タイヤやシャフト、電気系統、荷台の板張りなど自分でできることは修理工場に頼まず自分でやってしまいます。
私はお金を出して頼んだ方が速いと思ったのですが、車は自分の命を預けているものです。
自分で車をメンテナンスすることはお金でははかれない大事なことだったんだなと思います。
彼は単にお金がないから自分でやっていたのでしょうが、できることは自分でやるという精神は彼から教わって今でも自分の大事なポリシーになっています。

また、自分でやってみるとその大変さがわかるので人に頼むときも相手に対して心遣いができます。
仕事をしていると、顧客で金払ってんだからやるのは当たり前みたいな態度をあからさまにしてくる人がいますが、その仕事がどれだけ大変かわかっていないのでそういう態度をとるのでしょう。
貨幣での取引では人の感情ややる気の部分は無視されますが、難しい仕事を完成させるにはそういう心の部分を大事にしないとクォリティのいい仕事はできません。
したがって、仕事をアウトソースする場合にも自分でやったことがある担当者がいるのといないのとでは結果も大きく違ってくると思います。

最近、政府は社会保障充実を理由に税金をあげてきていますが、本来自分でやらなければいけないことを多くの人が政府に頼りすぎているのではないかと思います。
確かに福祉政策の必要な恵まれない人たちに救いの手をさしのべるべきですが、社会保障を受けるのが当たり前と思っている人たちばかりの社会は持続不可能です。
なので本当に大事なことはアウトソースしないでできるだけ自分でやることがこれから必要になっていくのではないでしょうか。

分業は社会を豊かにし経済を発展させましたが、その代償として人はいろんなものに依存して生きていかなければいけなくなりました。
そして、お金さえあればいい暮らしができるとあって、お金ばかり追いかけるあまり人として生きていく力が弱くなったのだと思います。
しかし、今まで企業や専門家しかできないと思っていたことがネットで調べてみると自分でも意外とできることがわかったりします。
なので、これからは最初からできないと思わず、まずは自分でやってみて難しそうだったら外に頼むようにしたほうがいいのではないでしょうか。

これからITは経営と一体となっていく時代にそれをアウトソースする日本企業は生き残れるのでしょうか。

分業の有効性を説いた国富論はいまでも読む価値はあります。

バイオテクノロジーを象牙の塔から一般の人たちに広げるという活動はこれから広がっていきそうです。

普通の人でも人のために何か作ってあげられる時代になりつつあります。

 

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