失敗を超怖がる日本人

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photo credit: Alex E. Proimos via photopin cc
 

日本は失敗に対してとても厳しい国です。会社で働いていても何か失敗をすると人格までけなされることもありますし、一度失敗すると二度と昇進できないことも結構あるみたいです。また、会社経営者は個人保証で銀行からお金を借りてるので倒産すると多額の借金を背負い込むことになります。(破産というリセットする手もありますがしばらく融資されなくなってしまいます。)学校ではテストで減点方式で評価されますし、先生の言われたこと以外のことをやると怒られたりします。こうなると誰も新しいことにチャレンジしようとはしなくなり、無難にこなすことばかり考える人が多くなってしまいます。日本がいま停滞しているのはこのような文化が蔓延しているからではないでしょうか。

かつては日本の企業は世界で一番と言われたことがありました。車や電機製品は品質がよくて価格もリーズナブルで世界を席巻していました。しかし、私も製造業の企業と仕事をしたことがありますが、息のつまるような雰囲気がありました。どういうことかというと、製品に不具合が出ることに極度に恐れていてコストは100円単位で削るといった感じで大変な仕事の割には報酬が少ないし、失敗すると責め立てられる精神的圧迫感はいまでも覚えています。しかし、今はかつてのやり方ではうまく行かなくなったのに、失敗を恐れることがくせになって新たな挑戦ができない体質になってしまいました。そういう環境では気持ちが萎縮してしまって新しいチャレンジをしようという気持ちはおきないのも当たり前でしょう。

また、日本の学校も人々に失敗を恐怖させるのに貢献しています。学校では生徒は常に減点方式のテストでダメ出しされ、学ぶことの喜びや好奇心を感じる余裕もなくミスしないように怯えながら勉強しています。高校や大学の入試では学力ごとに選別され、受験に失敗すると浪人という1年間の罰を受けることになります。それでも、社会に出て役に立つのだったらまだ我慢のしがいもありますが、外国人と話せない英語や社会ではまず使うことのない微分積分などに膨大な時間をかけて勉強させられます。もちろん、そういう勉強をやってもいいですが、それよりも今の時代はもっと大事な学ぶことがたくさんあります。まずは一人前に食べられるようなスキルを身につけることが先決でしょう。そして、失敗をおそれず新しいことに挑戦することの重要性を学ぶべきだと思います。

イノベーションは失敗の連続の中から生み出されるものです。しかし、日本では知識や発明は海外からもってくればいいという文化が根付いてしまっているように見えます。明治維新の時、日本は西洋の国に追いつくためドイツやイギリスから外国人の先生を日本に呼んで大学で教えてもらいました。その時呼んだ先生の給料は今のお金に換算すると一人あたり年俸3億円も払ったそうです。そのおかげで進んだ技術や知識を得ることができたのはよかったのですが、そういう知識は金で買えばいいという悪い癖がついてしまったみたいです。新しい知識や技術は多くの人々が失敗して試行錯誤した上に獲得できたものなのに、そういう経緯を知ろうともせず果実だけ金で買うという精神はいまだに日本人の心にしみついているのだと思います。

しかし、かつては日本でも失敗をおそれない企業がありました。ソニーを創業した井深さんは何度も会社を潰しそうなチャレンジをしました。例えば、まだ最先端の部品だったトランジスタを使ってラジオを作った時や独自方式のテレビのトリニトロンを作った時は失敗して倒産寸前まで行ったそうです。しかし、そんな失敗をおそれず常にチャレンジしたからこそソニーはすばらしい企業になったのだと思います。(今のソニーにはそのころの精神を思い出してほしいなと思いますが。)なので国民性だとあきらめずチャレンジする心はもつことができるのだと思います。

もちろん失敗はいやなものです。いろんな人に迷惑をかけて怒られますし、ヘタをしたら会社が潰れたり破産することもあるでしょう。しかし、失敗を極端に恐れるあまり縮こまってしまってチャレンジしなくなるほうがまずいのではないでしょうか。失敗すると人が死んでしまう病院や放射能をばらまいてしまう原発などは失敗はできませんが、ほとんどの仕事は失敗したところでそんなに大変なことにはなりません。むしろ、日本のように小さな失敗に目くじらをたてていると大きな失敗を見過ごす恐れがあります。そもそも日本の企業は過剰サービスぎみなので多少レベルをさげてコストをさげたほうが今は喜ばれるかもしれません。

「ゴドーを待ちながら」で有名な劇作家サミュエルベケットはこういいました。「ためしてみたら失敗した。だからどうしたというのだ。また、よりよく失敗するのだ。」失敗することは学ぶことです。失敗したことをふまえて新しいことにどんどんチャレンジできる社会になれば日本も再び活気のある社会になるのではないでしょうか。



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