教養のススメ

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る
Pocket

 

教養というと何か堅苦しい学校でお勉強することというイメージですが、実は人が社会で生きていく上でけっこうためになることが書かれています。
このブログのタイトルでもあるリベラル・アーツとは教養という意味ですが、アメリカやヨーロッパの大学にはリベラルアーツ・カレッジというのがあって特定の学問を深く学ぶのではなく、いろんな学問を広く学んで知性を磨く場所になっています。
最近の功利第一主義の風潮では教養は流行らなくなりましたが、太古の昔から人間の本性はそんなに変わらないので、現代の私達にとっても教訓的なことを色々知ることができる教養から学ぶべきことは結構あります。

私は学校で教養を教わったことがないのでかなりつまみ食い的なのですが、印象に残ったものをリストアップしてみました。

論語


江戸時代は四書五経といって中国の古典を子供の頃にかならず勉強しなければいけませんでした。その中でも論語は一番有名なのですが、現代の日本人でちゃんと読んだことのある人は少ないのではないでしょうか。その理由としては、儒教というと封建的で古臭いというイメージがあるからかもしれません。でも、論語は現代の私達にとっても参考になることがたくさん書かれています。
特に私が好きな孔子の言葉は「名を正す」です。これは孔子が弟子から政治を行うなら何が一番重要かと尋ねられた時の答えなのですが、孔子は言葉が正しく使われないことこそ政治を危機的状況にしてしまうと考えていました。昨今の政治家や偉い人たちの言葉も何を言ってるのかわからないことが多いですが、正しい言葉と使うことがいい社会の基本なのでしょうね。

創世記(旧約聖書)


キリスト教は西洋の思想の基盤となっている宗教です。厳密には旧約聖書はキリスト教だけの正典ではありませんが、西洋の人たちの考え方を知る上でも読んでおいたほうがいい本です。
旧約聖書の創世記は、天地創造やノアの方舟など日本人でも知っているお話が多いのですが、その中でも自分が好きなのはバベルの塔です。創世記のバベルの塔の部分は結構短くてすぐ読めてしまう分量なのですが、その短さもそっけない感じで自分は好きです。
話の内容はご存知の方も多いと思いますが、人間が天に届く塔を立てようとして神の怒りにふれてお互い言葉が通じなくなって塔が崩壊するというお話です。これって私は国が滅んだり企業が倒産することの隠喩ではないかと思っています。古代は国もこじんまりしててギリシャみたいな都市国家的な国が多かったのが、だんだん帝国になって大きくなって国の中で人同士の意思疎通がしにくくなっていく様子を作者は見ていたのかもしれません。
また、現代だと企業が最初はベンチャーからはじまって、人がいっぱい入ってきて企業の規模が大きくなってきて会社がおかしくなっていく状況にあたるのかもしれません。最近の研究でも人間の集団を認識する能力は100人の規模が限界だと言われています。創世記が書かれた時代でもそういった組織の問題があったのかもしれませんね。

十八史略


十八史略は中国の古代から明の時代までの歴史をお話風にまとめた本です。私は陳舜臣の小説で読みましたが、色々教訓となるお話が多くて好きな本です。
その中でも好きなのが春秋戦国時代の呉と越の戦いの話です。呉と越は中国南部にあった国でしたが、戦乱の時代だったのでこの二国も頻繁に戦争をしていました。呉越同舟や臥薪嘗胆などの言葉もこの二国の争いから生まれた言葉ですし、あの孫子の兵法で有名な孫子も一時期、越の軍師だったりと十八史略の中で一番おもしろい部分です。
その中の登場人物で自分が好きなのは范蠡(はんれい)という越の軍師です。仕事はできて女にはもててお金儲けのビジネスもできるという島耕作みたいなスーパーマンなのですが、最後は君主に嫌われて追い出される(というか逃げ出す)ことになってしまいます。これはリーダーはどうあるべきかという話と通じるのですが、苦しい時は協力しあってても権力を持つと耳の痛いことをいう部下はうっとうしいので切り捨てる君主が多いということなのでしょうね。現代の企業でも犯罪的なことをやっている社長に忠告して切られるという事件はオリンパスとかミートホープなどの例がありましたが、人間って何千年たっても変わってないんだなと思いますね。

相対性理論


相対性理論というと難しくて理解するのは無理と思う方は多いかもしれませんが、基本的な考え方は普段私たちの生活で結構目にしていることです。例えば、走っている電車に乗っている人が窓の外を見ていると景色が飛ぶように後ろに流れていきます。でも、並列して同じ方向に走っている電車は速度がほぼ同じなら止まって見えます。
つまり、速度とは相対的なもので、どこを基準にするかによって変わってしまいます。さらに、相対性理論では速度の違うものは長さや時間の進み方も変わってしまうといっています。
私は、アインシュタインは絶対的な基準がないという自然の法則が好きだったのではないかと思います。彼は既存の権威が大嫌いで学校の勉強も好きな事しかしない人でしたが、そういう考え方のひとだったから相対性理論を誰よりもはやく考えられたのだと思います。
相対性理論は物理学的な知識としても重要なのですが、世の中に絶対的なものなどないと考えるアインシュタインのスピリッツこそ自分が彼に惹かれる一番の理由です。
肩書きやお金で人を判断する人が多い昨今、絶対的基準などないという考え方は変化の激しい時代には重要な考え方だと思います。

種の起源


ダーウィンの進化論はいろんなところで語られることが多いですが、実際に「種の起源」を読んだことがある人はあまりいないのではないでしょうか。「種の起源」は自然淘汰や適者生存などの概念が書かれた本として有名で、読むのは難しいのではないかと思われている人が多いかもしれませんが、実は一般の人向けに書かれた本であまり前提知識は必要ありません。ただ、かなり昔に書かれた本なので現代の私達には読みやすいとは言えないのと、冗長な表現でちょっとくどいかなという感じです。
でも、読んでると面白いのが結構憶測で書いている部分が多いことです。当時は、まだメンデルの遺伝法則も出てきていない時代なので、おそらくこうではないかと推論しているところが結構あります。なので、今となっては間違っているところもいくつかあるのですが、それでもかなり注意深く考察されていてダーウィンという人はかなり論理的に考える人だったのだなというのがわかります。
話の内容は生物の進化についてなのですが、わからないことをいかに推論するかというガイドとして読むとまた違ったおもしろさがあります。科学とは繰り返し発生する事象について研究する行いですが、進化は再現性がなく実験することができないので科学とは言いいがたい面もあります。なので、いまだに進化論を信用していない人が多いのですが、限られた情報で真実を探るにはどうすればいいかを知るにはいいと思います。

国富論

国富論は「神の見えざる手」で有名なアダム・スミスの経済学の本です。実は「神の見えざる手」という言葉は本の中では1回しか出てこないのですが、それだけがなぜか有名になってしまいました。また、アダム・スミスは道徳を教える教授で国富論の前に道徳感情論という本を書いています。なので、国富論というと金亡者の自由市場主義者が書いた本と思われているかもしれませんが、実際に読んでみるととても正義感にあふれた内容でアダム・スミスっていい人だったんだなと思います。
その国富論の中でピン製造の話が出てくるのですが、ピン製造では材料の鉄を伸ばす人、先をとがらす人、曲げる人と作業が分業化されることを説明しています。この分業化が企業活動で重要であることを200年以上前にアダム・スミスは理解していました。現代の企業でも分業化は当たり前で部署ごとに役割分担されていますが、生産効率をあげることが国を富ませ貧困を減らすことができることをわかっていたのでしょうね。
資本主義は格差など色々問題はありますが、世界の人々が飢えることなく人間的な生活ができるために有効な手段の一つではあると思うので、何とかコントロールしてうまく使っていければいいですよね。

教養は、いつの時代にも通用する人が生きていく上での知恵です。ビジネススクールで学んだり、特定技能を習得することも生きていく上では必要かもしれませんが、長年受け継がれた知識を学ぶことも重要だと思います。なので、古臭いとか難しいなどと思わず古典と呼ばれる本を読んでみてはいかかでしょうか。もしかしたら長い間悩んでいたことが解決するかもしれません。私もまだまだ古典と呼ばれる本で読んでないものがたくさんあるので、いいのがあったらまたご紹介したいと思います。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る
Pocket

コメントを残す