あらゆる仕事をソフトウェアが行う時代

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 世の中には試験と呼ばれるものがたくさんあります。例えば、入学試験や学校の中間、期末テスト、医師や弁護士など専門的な仕事を行うためにとらなければいけない資格試験など何かになろうとすると必ずなんらかの試験をパスしなければいけません。試験をパスするためには大量の知識を暗記して試験の時に効率よくアウトプットできる能力が必要になります。
そして、試験をパスすることによって必要な知識があることが証明されて、晴れて専門家としてのキャリアパスを進むことができます。

 しかし、Google,Wikipediaの登場によって、わからないことは覚えなくてもネットで検索すればたいていのことは知ることができるようになりました。つまり、かつてのような大量の知識を暗記する必要がなくなったわけです。
 そうはいっても知識だけでなく、設計したり状況をみて判断したりする能力も必要になると思われるかもしれませんが、正しい解答が一つしかないテストではそれをはかるのは困難です。
つまり、テストで見ることのできる能力は限られていて、もうその能力は機械がやってくれるようになってしまったということです。

 しかし、優れた判断能力や経験のある人でさえ、最近ではソフトウェアが様々な仕事を行うようになって仕事がなくなるかもしれない状況に追い込まれています。
 例えば、兜町といえば証券会社がたくさんある町で有名ですが、いまや空きビルだらけになっています。なぜかといえば、株の取引がコンピューターで行われるようになり窓口や立ち会い場で働いていた人たちがいらなくなってしまったからです。そして、いまや1秒間に何千件という取引がコンピューター上で行われるようになり人間の能力だけでは不可能なレベルになってしまいました。
 特に金融はITと親和性が高いため、作業をソフトウェアによって代替しやすい業種です。おそらく、銀行や保険などもこれからはソフトウェアが行うようになって人がいらなくなっていくでしょう。
そして、その他のあらゆる職種でもソフトウェアが仕事を担う状況がこれから広がっていくと思われます。

  このように社会が変化しているのに、現在の教育システムはいまだに20世紀と同じやり方で行われています。そして、そこで学ぶ人たちも何の疑いもなく学位や資格をとれば実入りのいい仕事につけると思っています。しかし、企業にとっては人を雇うと社会保険が必要だったり簡単に解雇できないなどかなりの負担になるので、機械でできるのであれば人を雇わず機械でやろうとするでしょう。
なので、これからは機械にはできない仕事をできるようにならないと仕事が得られない時代になるのはまちがいありません。
では、機械にできない仕事で必要とされるスキルとはどのようなものでしょうか?

  まず、必要になるのはコミュニケーション能力でしょう。こういうと会社の求人広告みたいですが、結局人とコミュニケーションをとる相手は、機械ではなく人になるだろうと思われるからです。そして、コミュニケーション能力は、いくつかのレイヤーに分けられます。
 まずは言葉が通じないとはじまらないので、語学力が必要になります。なので、英語はこれからの時代は必須でしょうが、必要であればいろんな言語を学ぶ必要があるでしょう。しかし、学校の語学教育でまずいのはテストの点数をとるための教育になっていて、人とコミュニケーションするためのものではないということです。その証拠に、学校の英語の先生でネイティブスピーカーと話せない人が結構たくさんいます。なので、今の時代は学校に行くよりネットなどで直にネイティブの人と話したほうがいいでしょう。
 そして、言語のレイヤーの上に相手に伝えるために文章の書き方やプレゼンの仕方などのスキルが必要になります。なぜなら、正しく相手に情報を伝えるためには、わかりやすい文章がかけたり、説明ができることが必要だからです。しかし、今までの日本の教育ではそういうトレーニングは行われていませんでした。日本企業内で作成される文章や資料がわかりにくいのは、そういう教育が反映したものなのでしょう。

 次に大事なのは問題を見つける能力です。
なぜ、問題を見つける能力が大事かというと、たいていの問題はすでに解決されていて、新たな問題を自分で見つけなければ自分がやるべき仕事がでてこないからです。日本国内で見ると電気、水道、ガスなどが全国どこでも使えて道路も車でたいていの所にいけるようになりました。したがって普通に暮らす分には何も問題はありません。ただ、人間の欲望は限りがないので新たな問題は出てくるものですが、ぼーっと暮らしているだけではなかなか気づかないものです。
 では、優秀な学校を出た人はそんな能力を持っているかといえば、必ずしもそうとは言えません。ペーパーテストは、すでに問題があってその正解を答えられるかを試すためのものです。したがって、ペーパーテストで優秀で問題を解くのがうまくても問題を見つける能力が高いとは限らないからです。そして、コンピュータも同様に与えられた問題を解決する能力は抜群ですが、問題を見つけることはまだできません。
 問題を見つけるためには仮説思考が役に立ちます。仮説思考とは結果はこうではないかと仮説をたててそれが正しいかどうかを検証することです。仮説を出すためには、今現在存在しないものを想像する能力が必要なので、普段からそういう癖をつけないとなかなかできないでしょう。なので、スキルというより心がけに近いかもしれません。

 そして、感性を磨くことです。
私はMacBookProが好きで使っていますが、その理由はデザインがシンプルで美しいからです。
そういうデザインセンスは何かを作ったりするときにとても重要になります。
そして、これもコンピュータがもっていない能力です。
 今はデザインとは全く関係ない仕事をやっていても、多くの仕事が自動化されていけばおのずと感性が求められる仕事の割合が増えていくでしょう。それに感性というのは長い時間をかけて身に付くものなので普段からデザイン的なものとふれあう機会を自分から作っていった方がいいでしょう。
また、鑑賞するだけではなく自分で絵を書いたり音楽を演奏したりしてアーティスト的能力を育てることもこれからやっていったほうがいいと思います。

 残念ながら、これらのスキルを取得できる学校はないので、自分で試行錯誤しながら身につけていくしかありません。(そもそも学校って過去の知識を教える場所なので当たり前なのですが。)しかし、好奇心や問題意識を常にもって、何事も疑問に持つ人は自然にできると思います。それはテストで点数をとって人に認めてもらうためではなく、自分が本当に知りたいとかやってみたいと思うことを学ぶことだからです。もともと学ぶとは自分が理解するための内的な行いだったのが、いつの間にか資格や学位などまわりの承認を求めるステータス的な行いに変わってしまったのでしょう。

 20世紀は製造業の時代で、大量生産でいかに均質なものを作るかという能力が問われる時代でした。しかし、21世紀になってあらゆる仕事の機械化、ソフトウェア化が進み、求められるスキルがより人間的なものに変わってきています。そして、それらの能力はテストでは計ることができませんし、学校で教えられるようなものでもありません。なぜなら、個人個人でやり方は変わりますし、自分にあったやり方を自分で見つけていかなければいけないからです。

英語の本でちゃんと英語を学んでみては。

人に伝えるとはどういうことかを考えさせられます。

仮説をたてるというのは問題発見に役にたちます。

Appleのデザインは本当に使ってて心地いいですね。

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