こぼれ落ちた人々

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トム・ハンクスといえばフォレスト・ガンプやプライベート・ライアンなどの映画に主演した有名なハリウッドスターですが、彼がニューヨークタイムスにこんなコラムを書いています。

I owe it all to community college

「私がいまあるのはコミュニティカレッジのおかげ」というタイトルですが、コミュニティカレッジというのはアメリカで職業訓練的なことを教えてくれて誰でも安く行ける専門学校のようなところです。
彼の家庭は貧乏で学校の成績も悪かったので、高校を卒業しても行ける大学がなかったそうです。
仕方なく行ったコミュニティカレッジでしたが、彼はそこで演劇の面白さに目覚めます。
その後、俳優として修行を続け、いまやハリウッドで最も稼ぐ俳優になりました。
もし、彼がコミュニティ・カレッジに行かなかったら俳優になることはなかったかもしれません。
彼は今でもその恩を忘れず、母校に演劇ホールを建ててあげたそうです。

日本でもアメリカでも世界中どこの国でもそうですが、人は人生の早い時期に学校で選別されます。
日本では高校くらいにはペーパーテストで学校ごとにわけられ、行く学校や何を学ぶかまで決められてしまいます
また、貧乏な人は学ぶチャンスすら与えられない人たちもいます。
そして、若いころから常にだめだしされて、お前はできないやつなんだと言われているように感じるようになります。
しかし、人間の脳は生きている間はずっと変化することができます。
新しいことを学ぶことはいつでもできるし、何歳でも人は変わることができます。
トム・ハンクスのように、何かきっかけがあれば人生が大きく変わる人は他にもたくさんいるでしょう。
そういうことを許さない硬直な社会はどこかおかしいのではないかと思います。

国家は教育システムで人を選別しエリートに国の運営を任せることによって発展してきました。
例えば、中国では長い間、帝国の官僚を科挙で選別していました。
また、ヨーロッパやアメリカ、日本などの先進国はいまだに教育システムでエリートを選別するのが一般的です。
このシステムはメリトクラシーと呼ばれていますが、今まではそれがうまく機能していたから今まで続いてきたのだと思います。
しかし、20世紀は求められるスキルが記憶力や計算力など比較的ペーパーテストで測りやすい能力だったのに対して、21世紀はクリエイティビティやコミュニケーション能力など簡単には測定できなくてかつ多様なスキルが重要視されるようになってきました。
その結果、いわゆるエリートと呼ばれる人たちが必ずしもエリートではなくなりつつあります。

例えば、アップルを創業したスティーブ・ジョブズやスティーブウォズニャックはある意味天才的な才能を持った人たちですが、2人ともドロップアウト組です。
ジョブズは大学を中退して会社を起業しましたし、ウォズニャックは正規のエンジニアリングの教育は受けていないのにパーソナル・コンピューターを発明しました。
また、NapsterやFacebook,Spotifyといった革新的なネットサービスに関わったショーン・パーカーも大学には行っていません。
アメリカは日本以上に学歴社会なのに、ITで活躍している人たちでほとんど大学教育を受けていない人が多いというのは示唆的だと思います。

また、メリトクラシー的組織として企業は最もその傾向が強い組織です。
企業は雇用する従業員を学歴や職歴で選別しますが、企業は利益を上げることが目的の組織なので、パフォーマンスの高い人を雇いたいというのは自然なのでしょう。
しかし、雇われなかった人たちがパフォーマンスが低いかというと必ずしもそうは言えません。
しょせん、履歴書と面接だけで人の能力を判断できるわけがないからです。
では、企業はどうやって雇用する人を決めればいいのでしょうか。
アメリカで新しい試みをしている企業があります。

How my life was changed when I began caring about the people I did not hire.

普通、企業に応募してきて落とされた人たちと企業は関係を持つことはありません。
しかし、この企業は落とした人たちともコミュニケーションを行いました。
最初は応募してきた人をオフィスに集め、会社の業務内容(金融トレーディング)を教えるセミナーをはじめたのがきっかけだったそうです。
募集した職種で必要なプログラミング言語がAPLというマイナーな言語で経験者はほとんどいませんでした。
そこで、APLの経験はなくてもOKということにして、応募者で見込みのありそうな人を30人ほど選んで会社で開いた業務を説明するセミナーに招待しました。
そこで面白い現象が起こりました。
集まった人たちがネット上にコミュニティ用掲示板を作り、お互いに情報交換するようになったそうです。
さらにそのコミュニティでは金融の専門家やロシアの企業も参加してきました。
そのうち、応募した人たちに連帯感が出てきて、同じ仕事をする同僚のような関係になって行きました。
ただ、最後は会社は誰かを選ばなければいけません。
そこで採用担当者は応募者全員に自分以外で誰が最も能力があるか推薦させました。
さらにその会社は、入社できなかった人たちの能力にあった仕事や企業を紹介するビジネスもはじめました。
今ではこの会社はこの方法に基づいた企業の採用をコンサルティングする事業を主に行っているそうです。
アメリカの企業というと、人を簡単にリストラする血も涙もないという印象がありますが、落ちた人たちもフォローするというのはアメリカぽくない仏教的な行いだなと思いました。
いまや日本企業のほうが従業員に冷たくなっているような気がします。
このやり方は企業だけでなく、学校やコミュティなどいろんな組織で応用可能な方法ではないでしょうか。

こういうことが可能になったのも情報技術とネットの発達のおかげだと思います。
ネットが発達することによって人同士のコミュニケーションが簡単にできるようになりました。
ネットワーク理論でウィークタイという考え方がありますが、弱い関係がたくさんできることによっていろんな可能性が増えてきます。
例えば、仕事を探すときでもあまり親しくない人からの紹介でいい仕事が見つかったり、マイナーな趣味の仲間も見つけやすくなります。
これからの社会はいろんな長所を持つ人たちが必要になる社会になっていくと思われます。
そんな時に必要なのはたくさんのウィークタイで結ばれた社会であり、その中でいままでこぼれ落ちていた人たちも新たな可能性をつかめる時代になりつつあるのではないでしょうか。

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