教養って興味ないですか?

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photo credit: rogiro via photopin cc

最近、日本社会を見ていてこの社会は大丈夫かと思うことが結構あります。
なぜならば、自分の信念や志など人としての軸がなくて、目先の利益で行動する人があまりにも多いからです。
それは、おそらく日本人の教養力が弱いためかもしれません
なぜなら、教養とは単なる知識ではなく、人間としての軸となるものだからです。

日本人に教養がないのは、学校教育が影響しているのでしょう。
戦後、日本の教育は平等の名の下に誰もが教育を受けられるようになりました。
しかし、あまりにも平等に重きをおいたために、人間の本性を無視したシステムになってしまいました。
そもそも人の能力や生きてきた環境は個人個人で違います。
それを画一的な教育やテストを押しつけ、個人の創造性や向き不向きを考えずにやってきたのは経済的な効率を考えたためだったのでしょう。

例えば、大学はそもそも学問を行う場所なのに、今やいい職業につくための登竜門となってしまいました。
そして、現在は高校を卒業した人の40%くらいが大学に行くようになりました。
しかし、社会的にも個人的にも、そんなに多くの人が大学に行く必要がはたしてあるのか疑問です
確かに教育が平等に受けられるということはすばらしいことですが、あまりに平等ばかり気にするようになって、本当に学問をしたい人が排除される結果になっているのではないでしょうか。

そういう教育システムは人々を欲望のままに自由に生きるべきという考え方を助長しているように感じます。
そして、お金にならないことや経済的に役に立たないものが無駄とされる価値観が一般的になってしまったのでしょう。
例えば、このブログでも教養の重要性を書くことが多いのですが、あまり教養に興味を持つ人はいません。
私は、教養の高い人は、人として自己研鑽を常に行っている人だと思っています。
しかし、今の世の中は経済的な能力を磨こうとする人は多いですが、人間性や道徳観を磨こうと思う人はまれです。
これは戦後、アメリカの文化が入ってきて高度成長期を経て、経済的な発展のみを追い求めてきた結果なのでしょう。

かつて、日本は恥の文化だと言われました。
こんなことをしたら恥ずかしいという気持ちが、社会の規律となっていたのだと思います。
しかし、今は人の目を気にせず、欲望のままに行動することが平気な人が多くなりました。
例えば、電車でちゃんとスーツを着た大人が漫画雑誌を読んでいたり、人前で女性が化粧をしていたりする光景をよく見ます。
また、先日朝の満員の通勤電車で赤ちゃんを抱いた女性が乗ってきたのですが、子供がわんわん大声で泣いているのにシルバーシートに座っている若い人でさえ席を譲ろうとしませんでした。
いつからこんなに日本人は恥を知らなくなってしまったのでしょうか。
宗教的基盤のない日本人が恥を知らなくなってしまったら、道徳や倫理のない社会になってしまうのではないかと心配です。

日本には短い期間に明治維新と終戦というパラダイムシフトがありましたが、その時に昔のいいものまで捨ててしまいました。
もちろん、昔のほうがよかったなどという懐古趣味を言うつもりはありませんが、昔のことをいっさいないことにするのも無理だと思います。
日本が世界で存在感がないと言われて久しいですが、その原因は経済力や政治のせいではなく、日本人の劣化にあるのかもしれません。
そんな状況を改善するためにも、かつて日本人が持っていた道徳や教養を今、見直してみたほうがいいのではないでしょうか。

このブログを書くきっかけとなった本で、教養とは人間力なんだと教えてくれました。

タイトルは封建的ですが、作者はクリスチャンです。これこそ今、日本人が思い出すべき教養だと思います。

テレビでもやってましたが、人間を見る目を養うのに漱石は役に立ちます。

宮沢賢治は人の命について考えさせられる作品が多いです。

日本を「恥の文化」と喝破した本。外国人から見た日本も知っておいた方がいいですね。

 

 

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